役付き選挙 体育祭 あこがれの総大将
放課後、教室の空気はピンと張りつめていた。平野区の府立東住吉高校(ヒガスミ)で恒例の「選挙」が始まった。生徒会役員を決めるものではない。1カ月後に迫った体育祭の花形を選ぶ選挙だ。
同校の生徒たちの多くにとって、体育祭は1年で一番の張り切りどころだ。力が入るのは、100メートル走や騎馬戦といった競技ではなく、赤、白、緑、青の団ごとに競う応援合戦。
これを仕切るのは各団の「役付き」の3年生たちだ。トップは「総大将」。羽織(はおり)袴(はかま)姿で名乗りを上げ団の勝利を願う口上を披露する姿は、後輩たちのあこがれのまなざしを集める。体育祭の前後、廊下を歩けば、握手を求められる。あいさつを交わしてすれ違えば、背中で歓声が聞こえる。
だから、目立ちたがり屋は、1年生の時からその座を狙っている。
1組と7組でなる赤団の総大将には、2人が名乗りを上げた。1組のリョウスケと7組のユウキ。投票に先だって、73人のクラスメートの前で支持を訴える演説に立った。
はじめはユウキ。「選んでよかったと思わせる。おれにやらせろ。押忍(おす)」。硬派だった。
リョウスケは「人生最後の体育祭。一生残る思い出にしよう」と訴えた。ジーンとさせた。
わら半紙の紙片が次々と開かれ、黒板に正の字が並ぶ。接戦になった。選ばれたのはリョウスケ。発表の時、「よっ」というかけ声とともに一番大きな拍手を送ったのは、ユウキだった。
別の団の教室には、抱き合って泣く女子生徒がいた。片方は勝った子、もう一方は負けた子。役付きの一つ、「応援副団長」を争った。ふだんは仲良し同士だから、勝った方も切なくて涙が出てしまう。
落選した生徒の中には、例年ショックのあまり翌日学校を休む子もいるという。
「落ちたことを引きずっていたら体育祭は楽しめない。目標を団の優勝に置き換え、気持ちを切り替える努力をするようです」と先生。
ヒガスミが本気になる1カ月が始まった。本番は5月21日。
伝授式 先輩と円陣、伝わった心
日が落ちた公園。新芽がきれいな芝生の上に、18人が集まった。近づく府立東住吉高校(ヒガスミ)の体育祭で、応援団長など白団の「役付き」に決まった3年生9人と、去年務めた卒業生9人。新旧の仕切り役が顔を合わせる「伝授式」だ。
伝えるのは「型(かた)」。団ごとに何十年も受け継がれてきた応援の振り付けだ。見よう見まねで先輩に習う。
先に現役3年生がやってみせた。応援団長ナオヤと副団長マキコが先頭に立つ。2人は去年も白。しっかりおさらいをしてきたから、ほとんど完璧(かんぺき)だった。
続いて先輩。途中から、あやふやになった。「全然伝授になってないやん」。笑いが広がった。
それから車座になって、先輩たちがアドバイス。
――当日は出番のない裏方役にも感謝の言葉を忘れずに。団が一つにならなければ、優勝には届かないし、何より楽しくない――。
先輩の胸には、1年前のあの日が刻まれている。アイコは開会式での校長の話が忘れられない。「君たちは今、世界の中心にいます」。本当にそんな気がしてゾクッとした。ヒロキは時々、体育祭のビデオを見返す。泣いている自分を見て、また泣けてしまう。
卒業後も食事をしたり花見に行ったり、よく集まる。「あの時の気持ちに戻りたい」。後輩たちは、ちょっとうらやましそうだった。
最後に全員で円陣を組んだ。心は伝わった。
スタンド 番線巻きに職人の誇り
府立東住吉高校(ヒガスミ)の体育祭のもう一つの舞台がスタンドだ。生徒が団ごとに座り、仲間のプレーに声援を送る。校庭だから、もともとはない。2週間かけて、スタンド班の生徒が作る。
100本近い丸太を組み合わせ、番線(ばんせん)と呼ばれる太い針金で固定する。縦横各8メートル、高さは高いところで2メートル。240人いる団の全員がのっても崩れない強度が求められる。くぎは一本も使わないのが伝統だ。
見た目も美しくなければならない。柱はきっちり垂直に立てる。座面はなだらかな傾斜に。本番当日、先生が出来栄えを審査し、順位をつける。団の得点に加算される。
だから、いい加減な仕事は許されない。
緑団のスタンド班長、ヤスオは10日間かけて、設計図を描き、割りばしで模型を作ってから、作業に臨んだ。「雨が心配。作業が遅れるし、番線がさびて強度が落ちるから」
赤団のミヨは1年生の時、応援団にあぶれて仕方なくスタンド班に入った。「番線巻き」の奥深さにとらわれ、そのまま3年間続けることに。完成させたばかりのスタンドに腰掛け、応援団の最後の練習を眺める。その瞬間が好きだという。
2人は言った。「こんな大きいものを作るのは一生に一度くらいですよね」「スタンドがなければ、体育祭の迫力は生まれないから」。「職人」の誇りが見えた。
生徒会役員 仕事山積み 「陰の主役」
府立東住吉高校(ヒガスミ)の体育祭には、どの団にも所属せず競技にも出場しない生徒が7人いる。審判や得点係、進行役などを中心になって務める生徒会役員たちだ。
本番前にも地味な仕事が山ほどある。プログラムや進行表の作成。はちまきやバトンといった備品の確認――。
午後7時の下校時刻が過ぎたら、各団の活動場所を見回る。生徒が残っていたり、ゴミが落ちていたりすれば、本番当日の得点を減点する。練習や準備に熱中するあまり、ゆるみがちになる空気を引き締める。
しかし、その働きはあまり知られていない。
総務部長のショウタは唯一の3年生。去年の体育祭も生徒会役員だった。
花形の応援団に入って校歌を叫び、伝統の型(かた)を披露する。そんな姿に魅力を感じないわけではない。でも4月の生徒会役員選挙で候補者がそろわなそうだと聞いた時、迷わず手を挙げた。
去年の今ごろは、もやもやを抱えていた。一番遅くまで仕事しているのに、団の活動に忙しい友人に「毎日、何してるの」と言われた。自分は何のためにがんばっているのか?
しかし、秋の文化祭の注目企画「ヒガスミ・ランキング」。全校生徒の投票で「陰でがんばっている人」部門の1位に選ばれた。うれしかった。
「生徒会なくして体育祭は始まらない」。今年は、自信を持って言い切れる。
リハーサル 応援の太鼓 響きに震え
右足を引き、ばちをかまえた。ドドンドドドドド……。応援団の仲間たちが全速力で入場してくる。本番ではないのに、足が震えてきた。
府立東住吉高校(ヒガスミ)で19日、体育祭のリハーサルがあった。応援団の太鼓役にとっては、本番用の太鼓を試せる貴重な機会。練習ではあまり使えない。「やっぱり響き方が全然違う」。赤団のアヤは言った。
ダメもとで手を挙げた太鼓役だった。「マイペースでおっとり」「いつも眠たそう」。友達や親からよく言われる。そんなイメージを変えてみせたかった。
役付きを決める選挙の立会演説では、袖をまくり力こぶをして、みんなを驚かせた。どうしてもやる気を伝えたかったから。太鼓役に決まった時は、うかれてしまった。
やってみると、太鼓は想像以上に難しかった。5分余りの流れを覚えるのに何日もかかった。音にのりきれず、ほかの3人からは少し遅れてしまう。家に帰ってからも、座布団を麺棒(めんぼう)でたたいた。腕の筋肉痛がひかなくなった。
中1から地元の太鼓チームに入っているリウは根気よく教えてくれるし、ナオトとマミも「大丈夫」「あせらんといこう」と励ましてくれる。絶対、成功させたい。
4人の音はだいぶ合ってきたけれど、リハーサルではミスもでた。本番は21日。あと1日、やるしかない。
本番 青春の日 「必笑必勝」
府立東住吉高校(平野区平野西2丁目)の体育祭が21日、同校校庭で開かれた。全校生徒約千人が赤、白、青、緑の4団にわかれて競い、青団が総合優勝、緑団が総合準優勝を飾った。
創作ダンスを披露する「アトラクション」。応援団と並ぶ、花形の一つだ。緑団の52人の手首と足首には、おそろいのミサンガがついていた。
2週間前まで、班の中はぎくしゃくしていた。女子は、男子がふざけながら振り付けを考えているのが気に入らない。男子には「まじめに考えるだけではダンスは生まれない」という考えがあった。互いに陰で不満を口にした。何も進まない日が1週間続いた。
タケノリやテツヤの呼びかけで、3年生19人が公園に集まった。「明日からすっきりしたい。今日は言いたいことを言おう」。1時間半、意見をぶつけ合った。
おかしいくらい、急に仲良くなれた。カップルが5組も生まれた。「緑団のアトラクが一番青春してるんやないかな」。優勝もついてきた。
生徒たちが陣取るスタンドの背後には、各団の「マスコット」がそびえていた。角材や竹で作った骨組みに新聞紙を張って作った。縦横各5メートルはある。
赤団は歌舞伎「暫(しばらく)」の「鎌倉権五郎」。勧善懲悪劇の主人公に、勝利の願いを託した。考えたのは、ドラマに出ていた市川染五郎に一目ぼれしたのがきっかけで、歌舞伎にはまっているクミエ。
3年連続のマスコット班。本番の前日、団のみんなでロープを引っ張り立ち上げる瞬間が好きだ。マスコットに命が吹き込まれるようで。
「権五郎」には眉毛が動く仕掛けをつけた。「男前、大空が似合うよなあ」。声が弾んだ。21日、青空が広がった。
応援合戦の後、健闘をたたえ合う輪から離れて、ひとりむせび泣く学ラン姿があった。白団の応援団長ナオヤ。
本番でミスをした。出だし。太鼓の合図を一つ無視した。団のみんなが観客に背を向けたまま「型」を始めることになってしまった。「みんなにどう謝ったらいいか」
閉会式。「応援……優勝、白団」。その瞬間、思わず「奇跡だ」と叫んだ。総大将のカズヤが解説した。「ハプニングを挽回(ばんかい)したくて、みんな、これまでで一番大きな声が出ていた」
白団のスローガンは、ナオヤが考えた。「必笑必勝」。最後は、その通りになった。
●青団が総合優勝
短距離走やリレー、騎馬戦など13種目ある競技と、応援など4部門の出来を教員が審査してつける各得点の合計で、順位が決まった。青団は各競技で着実に点を稼ぐ一方、4部門のうちマスコットとスタンドの2部門で優勝、2位以下に大差をつけた。渋谷良太総大将は「めっちゃしんどかったけれど、最高の思い出になった」と話した。
4部門の優勝(@)と準優勝(A)は次の通り。
【応援】@白、赤(同点優勝)【アトラクション】@緑A白、赤(同点準優勝)【スタンド】@青A赤【マスコット】@青A赤
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